緊急事態宣言下で光るデジタル×アナログ−教師それぞれの強みを生かし、新しい教育の形をつくる (十文字中学高等学校・後編)

東京の下町、巣鴨にある十文字中学・高等学校。1922年設立という歴史ある私立の女子校で、建学以来の精神として、子どもたちが本来持っている「学びたい」という気持ちを刺激し、力を引き出すことを大切にしている。そうした教育方針のもと、コース制や探究学習、ICT教育の導入などに積極的に取り組み、継続的に医学部や国公立大学合格者を出すといった結果も出している。


前編では、学校生活や授業での生徒との向き合い方を中心に鈴木先生と黒田先生にお話を伺いました。後編では、コロナ禍で余儀なくされたリモート授業を機に一気に進んだICT化の具体的な取り組み事例を中心に、ICT化について思うことなどを伺いました。

ハードは生徒全員に行き渡っているが、どのソフトを活用すれば良いか分からない

―コロナ禍における最初の緊急事態宣言で休校になったとき世間は大騒ぎでしたが、貴校ではどのように対応されたのですか?

鈴木先生:うちの学校は、タブレット端末やノートパソコンを全体に導入してからちょうど2年目に入ったタイミングだったんですよね。この先は色んなソフトウェアを使うんだろうなとは思いつつ、私はまったくICTの知識がなかったので最初はお手上げ状態でした。

教科主任として同じ教科の先生に何をどのタイミングで連絡し、何を考えてもらい、何を生徒に施してあげればいいのか。Googleの各種機能や、ビデオ会議で使うZoom、e-ポートフォリオ(生徒の学習成果や部活動などの活動記録)を残せるClassiなど様々なアプリがある中で、何を使えばいいのか、使うためのスキルを私自身がどこまで養えばいいのかということに、最初は戸惑いましたね。

けれども幸いなことに、同じ学年担当に黒田先生がいたので彼の力をフル活用して乗り切ることができました。

ICTへの先入観がないからこそ自由な発想で使い方を模索

―黒田先生は、いち早くICTの勉強を始めたそうですが、なぜ勉強しようと思い、どうやって知識を身に付けたんですか?

黒田先生:前編の終わりに少し話しましたが、きっかけは鈴木先生に負けたくない、何かひとつでも鈴木先生の知らないことを身に付けたいと思ったことでした。数学の指導スキルではなかなか追いつけないと思ったので、新しい分野であるICTをと。

それで、Googleの各種機能の操作や教育現場での活用方法を学べる外部研修に参加しました。

鈴木先生:黒田先生が率先して学んできてくれたおかげで、良いところ取りみたいな形で教えてもらい、本当に助かりました。

黒田先生:いえいえ、僕は最初、必要なアプリの設定や基本的な使い方など聞かれたことをレクチャーしただけだったんですよ。それなのにふと昼休みに鈴木先生のパソコン画面を覗いたら、生徒がたくさん映っているんですよ。何しているのか聞いたら、「まだ新しいクラスの生徒の名前と顔を覚えていないから、とにかくコミュニケーションをとっているところ」と言いながらGoogle Meetを使いこなしていて、どれだけキャッチアップが早いのかとビックリしました。

そのとき感じたのは、ICTに先入観がないからこその自由な発想ができるという事でした。IT機器に強い人たちって、これはこう使うものと一辺倒になってしまうところがあると思うんですね。でも鈴木先生はそういう固定概念がないから、そういう機能があるならこうやって使ってみようかなと我流でどんどんやっていくんですよね。しかも、数学指導にはすごく長けていて経験値もたくさんあるので、ICTを使ってできることがわかると、僕では考えつかないような使い方がアイデアとしてたくさん出てくるんです。

限られた画角を逆手に取るなど、Google Meetでスムーズなライブ授業を実現

鈴木先生:その延長線上ですね、私が黒田先生にライブ授業をやろうと提案したのは。YouTubeなどで動画配信するのも良いと思うんですが、黒田先生が身に付けたICTのスキルがあれば、もう少し対面の授業に近づける方法があるのではないかと思ったんです。その結果Google Meetを使えばライブ授業できるという話になって。通信環境によって何人までなら同時に受けられるのかといったことは私にはまったくわかりませんでしたが、黒田先生がきちんと検証して対処方法も考えてくれたので、思い描いた通りのライブ授業を実現することができました。

―リモートでのライブ授業では、対面の授業との違いに悩む先生も多いです。鈴木先生はどのような工夫をされたんですか?

黒田先生:僕がすごいなと思ったのは、黒板の余白の使い方ですね。カメラの画角の関係で黒板の端が映らないことを逆手にとって、あらかじめここまでは映るという両端に磁石を並べて区切って、映らないところに公式や伝えるべきことをメモしていたんですよ。それを必要なタイミングで出していって、とてもスムーズに授業が進んでいました。

鈴木先生:授業回数が少なくなってしまった分、1回の授業に盛り込むべきことが多くなりましたからね。私にだけ見えるメモを準備し常に目に付くようにすることで、漏れなく伝えられるようにしました。公式とそれが載っている教科書のページ番号も書いておけば、もたもたすることもなくなります。

生徒もリモート授業という慣れないことにストレスがかかっていると思うんです。教師の我々がもたついているとよりストレスになるので、どれだけスムーズに展開できるかということを考えた結果、思いついた方法です。ライブ授業をやる前の日には、全部準備するようにしていましたよ。

―生徒さんからは、リモート授業に対する不安の声はありませんでしたか?

黒田先生:全くと言っていいほどなかったですね。

鈴木先生:リモートでも生徒との対話はスムーズにいったと思います。やはり動画配信よりもライブの方が画面の向こうに人がいる感触があると思いますし。それでも伝わりきらなかった子たちをどうケアしようかと考えていたら、黒田先生から「録画機能がある」という提案をもらって。たまたま通信環境が悪かった時などの見直しに活用してもらうことができました。

また、みんなタブレット端末を持っているので、Libryの類題検索機能を使って復習をしてもらい、わからないことがあったらGoogle Classroomで質問を受け付け、Google Meetで個別に時間を取って解説するということもやりました。

最初こそ、生徒とお互いに手探りで始めましたが、「もっとこうしてほしかった」といった声は出なかったですね。いつまたリモートになっても対応できます。

デジタルに強い若手、アナログでの知見が豊富なベテランの協働が重要

―教育現場のICT活用を進めていく中で、気を付けるべきだと思うことはありますか?

黒田先生:学校はICT普及が遅れていると言われていて、ICTが使えない教師は駄目な教師なのかなと不安になる先生もいると思うんです。でも実際、この1年間、鈴木先生と一緒に取り組んできた中で、ICTに詳しいからすごいのかと言えば、全然そんなことはないと思いました。

アナログだからできていた素晴らしいことはたくさんあって、そういった知見があるからこそ思いがけないデジタルの使い方を発案してもらえることもある。それがすごく刺激になりました。だから、「あの人はパソコンが使えないからダメな先生」という考えは絶対に間違っている。むしろ、自分が身に付けたICTのスキルを全部伝えてみて、「良い使い方ありませんか」と聞いて一緒に考えてみるのがいいんじゃないかと思いますね。

鈴木先生:一歩でも、半歩でも自分から懐に踏み込めるかというのが、お互いに大事ですよね。

あとは、いろいろと調べたり考えたりする中で、小・中学生はリモート授業だけでは限界があるかなと感じています。高校生にも合わない子はいるかもしれません。普通の対面授業だったら察知できる生徒の変化も、リモートではうまく発信できない生徒がいたり教師側も見落としてしまう可能性が大きくなります。要所要所で、対面で言葉をかけられる機会を設けたり、昔ながらのアナログな対応も残していくことが必要ではないでしょうか。

デジタルの利便性を生かしつつ、指導力を磨き続けることは怠らない

―コロナ禍でのICTの取り組みから、今後も活用していきたいと思うものはありましたか?

鈴木先生:デジタルを使った教育は想像していた以上によかったです。中でもLibryの類題検索機能は使い勝手がいいと思いました。私のような昔からの人間は紙ベースで生きてきているので、あっちこっちめくって探すのにも慣れているんですが、子どもたちには難しい。その面倒臭さから勉強が嫌いになることは避けたいですし、少しでも効率良いやり方を求める時代に生きている子どもたちには、すごく合っている機能だと感じています。

黒田先生:僕ら教師って、どうしてもできない子に目が行きがちなんですよね。静かに頑張っている子は、できるだろうと信じて任せてしまっているところがある。

鈴木先生から言われてすごく刺さったのが、Libryは教師の代わりをしてくれる一面があるということです。間違えた問題をもとに、似ている問題をやってごらんと教師に代わって提案してくれる。全然できない子には、教師が1から10まで全部を手取り足取りやってあげる必要があるけれど、できるようになってきたら少しずつLibryに任せるようにし、最終的に先生の力は1割でLibryが9割ということもできるんじゃないかと言うんですね。技術を利用して教師が楽をするのではなく、教師がやるべきところを見極めて手を出し過ぎないようにすることも大切だという話になるほどと思いました。

鈴木先生:最初はLibryってなんだろう?という感じだったんですが、生徒が使っているのを見ていると、できる子は不思議なくらいサクサクとやっているんですね。自分で考えて取り組めているし、これが理想だなと。できない子にはきちんと寄り添ってあげて、できる子には少し距離を置きつつ見守ってあげることができるツールだと思いました。すごくいいものを黒田先生が引っ張ってきたなと感じています。

―勉強が苦手な生徒は10を手ほどきし、できる生徒に対しては1:9の関わりにできたらという話でしたが、絶対に教師がやるべきところは何だと思いますか?

黒田先生:やはりどんなにできる子に対しても、頑張っても解けなかった問題を最後に教えてあげるのは教師の役目。だから僕らがやめてはいけないのは、自分自身の能力を高めることだと思うんですよね。

教師は生徒と一緒に成長していくところがあって、「今こういう問題が流行っている」というのは肌で学びます。今までは、できる子には類題を渡し、あとで解答・解説を渡してあげるというやり方だったので、自分で類題を探す努力もしますし、どの問題を渡したかもわかっていました。でも、Libryを使って色んな問題集から生徒が自分で類題を引っ張ってきたら、生徒が質問しに来た時が僕らにとっては初見かもしれない。実は今それがすごく怖いところなんですが、即座に解いて解説するのは教師に必要なスキルなので、便利な機械に頼りきるのではなく、指導力を磨く努力を続けなければと肝に銘じています。

生徒の無限の可能性を引き出す新しい指導方法や評価方法を工夫し続ける

―ICT以外にも、これから取り組んでいきたいことを教えてください。

黒田先生:教育ってこれという正解がない世界なので、少し前はコの字型になって勉強する「学びの集合体」があったり、反転学習、ジグソー法、アクティブラーニングなど色んな方法が提唱されてきました。だんだんアップデートされて今は海外に近い「探究」という形になってきています。そういった今の状況を見ていると、良いことだと思う反面、日本の良さだった「勤勉で頑張る子」をないがしろにする可能性もあるんじゃないかと気になってもいるんです。

だから、僕としてはどんな生徒を育てるかというのはなくて、「あなたたちの良いところを成長させる手助けをするからどんと来い」、部活をやりたい子、探究をやりたい子、勉強を頑張りたい子、どんな子でもかかってこいという感じで、生徒と向き合っていきたいと思います。

鈴木先生:この前、黒田先生が話してくれたルーブリック評価みたいなものを活用してもいいですよね。東京薬科大学さんなど大学でも評価基準として取り入れていますし、子どもたちの可能性を見出せる良い評価基準があるならどんどん採用すべきだと思います。もちろん昔のやり方がすべて悪いわけではなく、黒田先生が言うように勤勉さのある日本人に対しては、数字やABC、優良可という評価を残すのもいいと思います。でも、子どもたちの中にはそうした評価では見えなかった可能性が無限にあると思うので、いろんな観点を取り入れた新しい評価制度や指導方法を生み出して、成長の手助けをしていきたいですよね。


一斉休校という不測の事態にも、時代変化を素早くキャッチされる黒田先生と柔軟な発想をお持ちの鈴木先生、お二人の見事なコンビネーションで立ち向かわれたご経験はアフターコロナの教育現場でも存分に発揮されることだと思います。困難に直面しても先生同士でタッグを組んでチャレンジされる姿は、急激な変化が訪れている日本の多くの学校でも、ヒントになるのではないでしょうか。