簡単には進まない大学入試改革  後藤匠が考える日本の教育(3)

プログラミング教育の必修化、GIGAスクール構想の実現―教育が大きく変わろうとしている今、後藤匠(株式会社Libry・代表取締役CEO)が改めて日本の教育について考えるこのシリーズ。今回は、前回の最後に触れた「大学入試改革」について、詳しくお話ししたいと思います。

高大接続システム改革会議とは

「高大接続システム改革会議」は教育改革の方針会議の1つで、2015年に設置されました。社会を生き抜く力の養成や、未来への飛躍を実現する人材の養成という第2期教育振興基本計画の目標を達成するためには、高等学校教育、大学教育、両者をつなぐ大学入試の一体的な改革が必要であることが認識され、その改革の実現に向けた具体的方策を検討する目的でこの会議体が設けられました。大学、高等学校の関係者のみならず、教育委員会、小中学校、教育産業、財界なども含めた30名近い委員が、1年間にわたって議論を重ね、2016年3月に最終報告をまとめました。

この報告書では、「これからの時代は知識の量だけでなく、混沌とした時代の中でみずから問題を発見し、他者と協力しながら解決していくためのシステム能力を育む教育が重要になる」という背景認識のもと、(1)十分な知識・技能、(2)それらを基盤にして答えが1つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力等の能力、(3)これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度を、「学力の3要素」と名付け、これを軸として、高等学校教育の改革、大学教育の改革、大学入試の改革について述べています。

2020年からの新学習指導要領における「育成すべき資質・能力の三つの柱」も「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」とされており、上記の考え方とリンクしています。

最終報告書が示した方策を巡って

高等学校教育の改革の方策で、私が注目したのは、「学習・指導方法の改善」という項目でアクティブ・ラーニングが大きく取り上げられていることです。これまでの知識偏重だった教育から、思考力や表現力、人との協働を重視する教育への転換に伴って、アクティブ・ラーニングの導入を進めることは必要ですし、実際に、学校現場でもさかんに行われています。しかし、問題もあると聞いています。極端な例をあげれば、「1+1はいくつだと思いますか。みんなで話し合ってみましょう」というように、授業をしないで協働学習ばかりを行うケースもあるというのです。適切なインプットをしないで、アクティブ・ラーニングだけをやっても、効果はあまりあがりません。そこで、アクティブ・ラーニングの前に、まずきちんと知識をインプットする必要があるという揺り戻しのようなことが起きています。

また、コロナウィルスによる一斉休校により、全国の学校でSTEAM教育の優先度が下がり、主要科目の詰め込みで「知識偏重」になってしまっているという話も聞きます。これからの時代を「生きる力」を養うためには、知識偏重だけではダメで、思考力や表現力だけでもダメで、「学力の3要素」をバランス良く育成してく必要があります。 

一方、大学教育改革については、前回の最後でも触れたように、大学が「ディプロマ・ポリシー(卒業認定の方針)」、「カリキュラム・ポリシー(教育課程の方針)」「アドミッション・ポリシー(入学者受入れの方針)」の3つの方針を定めることを求めています。ディプロマ・ポリシーは、「うちの大学の卒業生はこういう能力をもっています」という証明のようなもので、就職活動において卒業生と企業のマッチングができるようにすることを目指しています。そして、「こういう卒業要件を満たすために、こういう教育をします」というのがカリキュラム・ポリシー、「こういう人に入学してほしい」というのがアドミッション・ポリシーです。

報告書は、大学教育について、「高等学校までに能動的学習の方法を身に付けてきた多様な入学者の力をさらに向上させる」ことを求めており、大学入試においては、アドミッション・ポリシーに基づき、「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するという方針を示しています。しかし、アドミッション・ポリシーが形式的なものになっていたり、アドミッション・ポリシーと入学者選抜方法との関係性が不明確なケースもまだ多いのが現状です。海外の大学ではアドミッション・ポリシーを策定するアドミッション・オフィサーというポジションがしっかり定まっており、そこに優秀な人材をリクルートするために相当なコストをかけていますが、日本の大学にはそういう動きがありません。このような組織構造の違いが、具体的なアドミッション・ポリシー策定の妨げとなっているのではないかと思います。さらに、「多面的評価」については、何を評価するのかが難しいという問題もあります。実際、文部科学省も実証事業を行っていますが、実現に向けた課題は多いようです。

このように、大学入試においては、アドミッション・ポリシーに基づく多面的な評価という方向を目指しているものの、現実にはできていないという状況にあります。その背景には、1つの軸で評価した点数が高い順に合格とする、公平で厳密な選抜法をよしとする日本の風潮があると思います。

大学入試改革の難しさ

2021年度の大学入学者選抜から、新たに「大学入学共通テスト」が行われることになりましたが、これは、報告書が、「学力の3要素」のうち「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」を評価するために導入を求めたものです。1990年から行われてきた「大学入試センター試験」との大きな違いは、マークシート式でも、より「思考力・判断力」が必要な問題となるように出題の方法を工夫することに加え、英語民間試験の活用と、国語と数学の記述式問題の導入でしたが、どちらも2019年末までに見送りが決定しました。

英語については、これまでのセンター試験では、「読む」・「聞く」技能をおもに試験していたのに対し、今後は、「書く」・「話す」を含めた技能を測る必要があるという観点から、民間試験を活用するという方針が出され、受験生が7種類の民間試験の中から2回受けることになっていました。しかし、民間試験の中には開催場所が限られるものもあり、受験料もかなりかかることから、住んでいる場所や、家庭の経済状況によって受験機会に格差が出るという批判が出たのです。結局、新学習指導要領が適用される2024年度に向けて、新たな英語試験システムの検討が行われることになりました。

記述式問題については、50万人分の採点を短期間で行うことにより採点ミスが生じるおそれがあることや、自己採点が難しいことなどへの懸念が出て、無期限の見送りとなりました。そもそも、誰が採点しても同じ点数になるような記述式問題は、決まり切った答えを求めるものになるでしょうから、記述式の意味があまりないのでは?と思ってしまいますが、ここでも、公平で厳密な選抜法をよしとする日本の文化が影響したと思います。アドミッション・ポリシーの策定にコストをかけられない日本の現状と合わせ、大学入試の改革は、なかなかハードルが高いなというのが私の印象です。

一方で、報告書に今後の方向として盛り込まれたCBT(Computer-Based Testing、コンピュータ上で実施する試験)には、私も注目しています。CBTの導入は、大学入学共通テストを一発勝負ではなく、複数回受験できるようにすべきではないかという議論の中で出てきたものです。大規模な試験を何度も行うには、運用コストも考えればCBTにする必要があると考えられています。実際に、2024年度の大学入学共通テストで、「情報Ⅰ」をCBT方式で実施できるよう検討されているようです。また、大学入学共通テストではありませんが、萩生田文部科学大臣は、全国学力・学習状況調査のCBT化に意欲的で、2022年度の中学校英語では、CBTによる「話すこと」調査の実施が検討されています。テストでのICT活用は、学校の授業や家庭学習でのICT活用と併せて、今後進んでいくのではないかと思います。今回、GIGAスクールの早期実現によって、全国の小中学生が個人用の情報端末を持つようになり、高校での個人用端末も急速な普及が予想されます。全員が情報端末を持っていることが前提になれば、CBT化も急速に進むかもしれません。令和3年の文部科学省の概算要求でも、CBTシステム関連で42億円(前年度2億円)の予算が要求されています。全国学力テストのCBT化は、なにやら遠い未来の話のように感じてしまいますが、もしかしたら遠くない未来に実現していくかもしれません。

次回は、再び学校での授業にフォーカスし、学校教育の要である「教科書」のデジタル化について考えていきたいと思います。