公教育の大きな枠組み  後藤匠が考える日本の教育(1)

プログラミング教育の必修化、GIGAスクール構想の実現―教育が大きく変わろうとしている今、後藤匠(株式会社Libry・代表取締役CEO)が改めて日本の教育について考えます。

教育には目標がある

教育とは何かを考えるには、まず「教育」と「学習」の違いを明確にする必要があります。

【教育】
他人に対して意図的な働きかけを行うことによって、その人を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・社会教育に大別される。 「子供を-する」 「義務-」 「 -のある人」

三省堂 大辞林 第三版

【学習】
①まなびおさめること。勉強すること。 「新しい教科を-する」
② 〘生〙 生後の反復した経験によって、個々の個体の行動に環境に対して適応した変化が現れる過程。ヒトでは社会的生活に関与するほとんどすべての行動がこれによって習得される。
③ 〘心〙 過去の経験によって行動の仕方がある程度永続的に変容すること。新しい習慣が形成されること。
④ 〘教〙 新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。

三省堂 大辞林 第三版

「教育」と「学習」の辞書での定義は上記の通りですが、教育学や心理学の専門家は、それぞれの立場から様々な定義をしておられます。ここでは、私の考えを述べたいと思います。

私は、教育者が被教育者に対して「Aという状態にしたい」と思ったときに施す刺激のことを「教育」と定義しています。例えば、熱いヤカンに触らせたくないと思ったときに、「絶対に触るなよ」と言うのも教育ですし、実際に触らせてみて「熱い!」と経験させ、「ほら、だから触っちゃだめなんだよ」と言うのも教育です。いずれにせよ、被教育者が熱いヤカンに触らなくなれば、教育は成功したことになります。

一方、学習は、誰かの意図とは関係なく、外からの刺激を受けた人の中で何かが変わることだと捉えています。誰かから何か言われなくても、ヤカンに触って「熱い!」と知り、「これからは触るのをやめよう」となるのが学習です。外部の刺激によって自分に変容があれば何でも学習なので、何が正しいとか成功とかいうことはないと考えています。

この比較からわかる重要なポイントは、教育には「Aという状態にしたい」という目標があり、目標を達成できれば成功であるという点です。ですから、何をもって「成功」と判断するかという話も出てくるのです。

では、日本の教育の目標を決めている教育者は誰なのでしょうか。多くの人は「先生」と答えると思いますが、そうではありません。あくまでも、教育者は「日本」であり、教師や親は教育代行者という立場です。また、被教育者は生徒や子供に限るわけではなく、日本人全体です。

「こういう日本人を育てたい」という教育者(日本)の目標は、教育基本法という法律に定められています。そして、「その目標を達成するためにこういう事業に力を入れます」という文部科学省の政策が「教育振興基本計画」です。さらに、教育基本法に則って、「具体的にこういう教育を施して下さい」という仕様書にあたるものが「学習指導要領」です。

改正教育基本法が示すもの

教育基本法は戦後まもない1947年に公布・施行され、2006年に全文改正が行われました。第一次安倍政権のときです。旧法には、コンセプチュアルな「教育の目的」は書かれていましたが、具体的な教育の目標は書かれていませんでした。日本の教育の目標が、法律として明確に定められたのは、改正後なのです。新法の第二条には、教育の目標が5つに分けて詳しく記載されています。

(教育の目標)

第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

教育基本法

新しい教育基本法には、旧法にはなかった内容が他にもあります。その1つが「家庭教育」についての規定です(第十条)。最近、学校にいろいろな役割が押しつけられる傾向があり、学校に対して保護者から「ちゃんとしつけをしてくれ」というクレームが来たりもするようなのですが、教育基本法第十条では、子に教育を施す責任を一番に持っているのは「父母その他保護者」とされています。

保護者が子に普通教育を受けさせなければいけないと定めている(第五条)のは、旧法から変わりませんが、第五条と第十条を合わせると、保護者は子に施すべき教育の一部を、普通教育として学校の先生にお願いしていると解釈できるのではないかと思います。ですから、保護者が学校の先生に一方的にクレームを言うのはお門違いだと思いますし、学校の先生からも保護者に対して「教育の一義的な責任は保護者にあるのだから協力して子供の成長を促しましょう」と言ったほうがよいのではないかと感じています。

(義務教育)

第五条 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。

(第2項以下略)

(家庭教育)

第十条 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

(第2項略)

教育基本法

教育基本法の理念を実現するための2つの枠組み

教育振興基本計画は、改正教育基本法の理念を実現し、教育を振興するための計画で、閣議で決定されます。第1期(2008~2012年度)、第2期(2013~2017年度)に続き、現在は第3期(2018~2022年度)の計画が実施されています。

第3期教育振興基本計画は、総論として「我が国における今後の教育政策の方向性」を検討した上で、各論として5つの基本方針とそれをブレイクダウンした21の政策目標を掲げ、その目標の達成度合いを評価するための測定指標・参考指標の例と、実際に行う施策の例をあげています。中でも私が注目しているのは、第2期から続いている「高大接続改革」の施策群です。この施策に関する私の意見は、第3回で述べたいと思います。

第3期教育振興基本計画の基本的方針

1.夢と志を持ち、可能性に挑戦するために必要となる力を育成する

2.社会の持続的な発展をけん引するための多様な力を育成する

3.生涯学び、活躍できる環境を整える

4.誰もが社会の担い手となるための学びのセーフティネットを構築する

5.教育政策推進のための基盤を整備する

第3期教育振興基本計画

一方、教育基本法が目標としているような日本人を育てるために、小学校・中学校・高等学校で学ぶべきことを細かく示しているのが学習指導要領です。学習指導要領は、文部科学大臣が中央教育審議会に諮問し、その答申を受けて決定されます。この「仕様書」に沿って、国に代わって教育を行うのが、教師なのです。

現在のような形の学習指導要領は、1958年に初めてつくられ、以後、だいたい10年ごとに改訂されてきました。直近では、2017年度に小・中学校、2018年度に高等学校の学習指導要領が改訂され、2020年度から順次施行されることになっています。

いま、日本の教育が大きく変化しようとしていますが、教育政策の原点は、教育基本法であり、教育振興基本計画や学習指導要領です。教育改革のニュースなどを見るときに、これらに立ち返ってみると、理解が深まると思います。

第2回目では、学習指導要領の変遷の意味を、「ゆとり教育」の前後と、今回の改訂を中心に論じます。